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2012年04月24日

BORN TO LOSE

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0:00を回ってしまったが、今日はジョニー・サンダースの命日だった。

キース・リチャーズを敬愛していたこのギタリストは、
’60’s後半〜70’s中頃までのキースのパブリックイメージのままに生き、
1991年4月23日にこの世を去った。

MUSIC LIFE という雑誌でNew York Dolls というバンドを知ったのは中2だった。
静岡県の三島市にあるレコード屋さんで試聴させていただいた。
Personality Crisis (人格の危機)という邦題だったと思うが、
今までに聴いたことのないギターサウンドで始まるこの曲は、
当時の自分には、もっとも「うるさい曲」.
イントロでKOされた。
早速、買って帰った。

当時はイギリスの音楽が僕等の間では主流で、
T REX や David Bowie 、Slade ・・・
いわゆるグラム・ロックがヒット・チャートを賑わせていたのも事実だ。

正確ではないが、
New York Dollsのレコード会社のキャッチコピーはこのようなものだったと記憶する。

「グラム・ロックに対するアメリカからの逆襲!60年代生まれのこども達へ!!」


トッド・ラングレンがプロデュースしたこの作品は、
リズムは不安定だし、音質は悪い。
しかし、リアリティという一点にトッドはプロデュース・ワークを絞ったのだと思う。

最高にロックしている!
個人的には大好きだ。
翌年出したアルバムは正直あまりピンとこなかった。


さぁ、本題だ。
このNew York Dolls のギタリストがジョニーだ。

彼にとってラッキーだったのは、
当時のN.Y.で新しいシーンが作られようとしていたことだろう。
New York Dollsはその先鋒だったということだろう。
その拠点となったのは「CBGB」というライブハウスだ。
レコード会社との契約のないアーティスト、
スーサイド、ウェイン・カウンティ、テレビジョン、パティ スミス、ラモーンズ・・・
このようなアーティストがこのハウスから育った。
その時、Jonny Thunders & The Heartbreakers を結成したジョニーも当然出演するようになる。

そして「L.A.M.F.」というアルバムを残している。
「ONE TRACK MIND」「CHINESE ROCKS」「I LOVE YOU」
「BORN TO LOSE」・・・
代表曲も多い。
その後も何枚かアルバムは残しているが、
後の「SO ALONE」とこのアルバムがジョニーの才能を物語っていると思う。

時代の後押しもあった。
その証拠にマルコム・マクラレンが、
当時のN.Y.のアンダーグラウンド・シーンの音楽、
そしてファッションをイギリスに持ち帰り「PUNK ROCK」は生まれた。
そこで、ジョニーは再評価されることになる。

相棒は「レスポールJr.」!
これを忘れちゃならない。
今だにレコーディングではこれを使用するパンクギタリストは多いんだ。


最後にこの歌詞がこれほど似あう男はいなかった。

〜 Baby,I'm born to lose 〜


Johnny Thunders , forever
☆鈴木正美☆


BGM Iowa / Slipknot / Iowa


posted by MASAMI at 04:46| colum | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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